走れメロスが実は嫌いです。
実は小学校6年だったか、中学校1年の時だったか、国語の授業で太宰治の走れメロスを習ってからというもの、私は走れメロスが嫌いだったりします。
日本の有名な文豪が書いたというだけあって、語彙力もすごいし、言葉の選び方や、文章の間の取り方などとても勉強にはなるんですが、正直あの主人公メロスの性格が嫌いでなりません。
知らない方のためにあらすじを大まかに言うと、暴君である王様を倒そうとするけど、その計画がバレて逆に捕まるけど、妹の結婚式があり、それにどうしても出席したいメロスは友人を自分の身代わりにして、妹の結婚式に出席して、また城まで戻ってくるという話。
私が国語の授業で抱いた感情はというと、いくら妹のためとはいえ友人を突然本人の了解を取らずに勝手に人質にすんなよ!ボケ!という感じ。
友情の大切さとか阿呆かと。
あー私ってひねくれてるなーと思ってふとネットで検索してみたら、やっぱり私と同じ考えの人いました。
https://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q1423000809?__ysp=6LWw44KM44Oh44Ot44K5IOWrjOOBhA%3D%3D
良かったーひねくれものじゃなかったー。
そしてどうやら走れメロスは、友情の大切さではなく、信頼こそが真のテーマであるという意見も見て、なるほど、そういう考え方もあるのかと納得しました。
太宰治さんが生きていたら、走れメロスのテーマは何なのか是非伺いたいところです。
やっぱり昔の有名な文豪と呼ばれる方々の書かれたお話は、一味もふた味も違うんだなと思いました。
ちなみにアニメっこだった私は、走れメロスのアニメもしっかりチェックしてましたよ笑笑
……走れメロスを走れメロンと見間違えたことがあるのは、私だけではないはず(^O^)
でもそうやって考えると、友情の大切さというテーマを押し付けてきた学校の授業の在り方ってどうなんでしょうね?
今は学校ではどのようにこの作品を扱っているんでしょうか?